Sideswipe

情報工学、計算論的神経科学など、真面目なこと書くブログ。お仕事の話は Twitter: @kazoo04 にお願いします。

機械学習

これは 人工知能アドベントカレンダー の11日目の記事です。

機械学習とはなにか?

機械学習は、人工知能*1を実現するための一連の理論・手法です。

簡単にいえば、もともとは計算する機械(今で言えば電卓)として生まれたコンピュータに、人間のような自分で考えるプログラムを搭載できるかどうかという試みです。コンピュータは当初は微分積分などの計算に使われていましたが、その後は各種シミュレーションをしたり、音楽・音声を扱ったり、画像・動画を扱ったりと様々な情報処理に応用されてきました。その延長として、「SFにでてくるロボットのような、自分で考え、話すことのできる存在を作ってみたい」と考えるのは自然な流れです。

普通の(一般的には機械学習とされない)プログラムと、機械学習との境界は非常に曖昧*2ですが、アーサー・サミュエルが1959年に「明示的にプログラムしなくても学習する能力をコンピュータに与える研究分野(Field of study that gives computers the ability to learn without being explicitly programmed)」としているそうです*3

ある手法が機械学習かそうでないかはかなり微妙なところがあり、たとえば遺伝的アルゴリズムは一般的には機械学習ではないと私は思うのですが、機械学習として扱うこともあるようです。また、機械学習でも「一見違うが、実は数学的にはよく知られている手法とまったく同じ」ということが後からわかったりするので、計算手法というよりは、その手法を考えた人や使う人が機械学習だと思っているかどうかという主観が入っていることも頭の片隅に置いておくと話がスムーズかと思います。

画像認識

昔からよくある問題が文字認識で、たとえば葉書の郵便番号部分の文字を読み取って機械的に分類できるとかなりの効率化が見込めるうえ、分析対象は0〜9まで10個の文字を認識できさえすれば良いので古くから利用されてきました。定義から言えば、「0〜9までの数字をコンピュータに予め教えておけば、新しく送られてきた葉書の番号を見て、それが0〜9のどれかを過去のデータから判断する」ようなプログラムを作るわけです。

今ではハードウェアや Deep Learning などソフトウェアの進歩によって、文字だけでなく写真を見て何が写っているのかを判断したりすることができるようになりました。

時系列分析

時系列分析と聞くと大仰な感じがしますが、時々刻々と変わっていくようなデータに対して、今までの傾向から今後どのようにデータが変わるのか予想するようなことです。わかりやすい例は株価でしょうか。もし機械学習で株価の変動が予想できたら間違いなく儲かるわけで、この分野も古くから(もちろん今も)精力的に研究されている分野です。

レコメンダ

Amazonで買い物するときに「この商品を買った人はこの商品も買っています」とか「あなたへのおすすめ」とか、見たことがあると思います。これもレコメンドといって機械学習の一分野です。ごくごく原始的なレコメンドシステムは、あなたの購入履歴を数値*4に変換して、似てる数値を持ってる人を探し、その人が買った商品を推薦するといったことをします。これだけ聞くと統計と何が違うんだという感じがしますが、実際やってることはほとんど統計だったりします。強いて言えば、既に述べたとおりオススメした商品をユーザがほんとうに買ってくれるのかどうかは未知なので、今までの購入動向から何を買うかという未来の情報を自動的に推測する必要があり、このあたりが機械学習っぽいかなという感じです。

分類

そんな機械学習ですが、一口に機械学習といっても実際には様々な種類(分野)があります。代表的なものを挙げると

  • 教師あり学習(supervised learning)
  • 教師なし学習(unsupervised learning)
  • 強化学習(reinforcement learning)

の3つがあります*5*6

最初の2つの違いは簡単で、人間が答えを教えてあげないといけないのが教師あり学習、答えがわからない状態でなにか優位な情報を分析するのが教師なし学習です。
強化学習はすこし複雑で、何をどうするのが良いのかは機械も人間もわからないのですが、何か行動すると良いとか悪いとかの結果は返ってくるような状態で、最適な行動を模索するものです。

教師あり学習

教師あり学習が一般的に「機械学習」あるいは「人工知能」と呼ばれている(呼ばれやすい)分野にあたります。たとえば手書きの数字認識をしたかったら、0から9まで書かれた画像をたくさん用意して、「この画像は0」「この画像は1」…というようにたくさんプログラムに与えます。プログラムは画像が提示されるたびに「こういう特徴があるときは0なんだな」と学習していく、というわけです*7。人間がつきっきりで教えないといけないので*8、これが大変なのがデメリットです*9

教師なし学習

教師なし学習は、そもそも人間側もなにが正解なのかわからないデータをなんとか分析して新たな知見を得るようなものです。一般にデータマイニングと呼ばれる分野とかなり被っています。

たとえば、Twitterにはたくさんのユーザがおり、またそれぞれのユーザは年代や性別や職業などによっていくつかのタイプに分けられると考えられます。これらをツイートの内容からうまいこと5種類とか10種類とか100種類くらいのタイプに分けたい(教師あり学習ではこのようなタイプをクラスタと呼ぶ*10)とき、そもそも人間としてはどんな分類が適切なのか事前にはわからず、むしろそれが知りたいからデータを分析しようとしてるわけです。このようなときに教師なし学習を使って、「似てるユーザをN種類に分類する」といったことをします。教師なし学習の出力に正解はないので、出てきた結果は人間が見て解釈を与える必要があります(たとえばあるユーザの固まりを見て「うーん、これは見たところどうやらIT系の技術者がひとまとめになっているようだぞ」といったように考える必要がある)。

教師あり学習と教師なし学習の中間的な存在として、半教師あり学習(semi-supervised learning)があります*11

強化学習

強化学習は教師あり学習でも教師なし学習でもない方法です。
たとえばAとBの2つのボタンがあって、最初はそのボタンがなんなのかもわからないけれど、Aを押したら身体に電流が流れ、Bを押したら美味しい餌が出てきたら、「Aのボタンを押すのは嫌だ、Bのボタンを押すと良いことがあるぞ」と判断するわけです。

これは行動を起こすと即座にフィードバックが得られる例ですが、たとえばチェスをするときは色々コマを動かしてみてもその時々で勝ったか負けたかはわからず(盤面を見れば優勢か劣勢かはわかるが、チェスを始めた直後はそれもわからず、そのような洞察力は経験によって得られる)、ゲームが終わって初めて良いか悪いかがわかります。このようにいろいろな行動をするとある条件のときにようやく報酬が得られるような問題もあり、こういったことにも強化学習で対応できます。これはちょっと動物っぽい感じでいかにも人工知能という感じですね。

強化学習は将棋AIの分野でBonanzaというプログラムが取り入れて優勝したことから一部の分野ではかなり知られている手法です。

おわりに

今回は機械学習とはなんなのかについて簡単に触れました。次回以降はそれぞれの手法について詳しく見ていきましょう。

*1:このアドベントカレンダーを読んでいる人に改めて説明する必要はないと思うが、AGIではない旧来のAI、あるいは弱い人工知能をここでは指している

*2:特に、統計と機械学習の違いはよく論じられる。一般的には「統計は既存のデータを分析して知見を得る」ことを主眼に置き、機械学習は「既存のデータを分析して、未来(あるいは未知)のデータも分析できるようにする」ことを主眼におくという違いをもって説明されるが、結局のところ両者のかなりの部分は共通していることは間違いない

*3:Wikipediahttp://holehouse.org/mlclass/01_02_Introduction_regression_analysis_and_gr.html による

*4:正確にはベクトル

*5:半教師あり学習を含めることもあるが、ここでは教師あり学習の一分野という扱いにした。Wikipediaはトランスダクティブ学習とマルチタスク学習も挙げているが、これもここでは広義の教師ありとしている

*6:ニューラルネットワークは?」と思う方もいるとおもうので一応注釈を書くが、ニューラルネットワークはまた違った分類方法にあたり、教師あり学習にも教師なし学習にも利用される一手法なのでここでは出てこないことに注意

*7:実際はもっと複雑だが、後日あらためて解説する

*8:入力と正解の組を与えないといけない

*9:ここを改善するために半教師あり学習とか、Active Learning とか色々な派生した手法が存在する

*10:Twitterでもクラスタと呼ぶことがある

*11:準教師あり学習と呼ぶこともあるが稀

高次脳機能障害と分離脳

これは 人工知能アドベントカレンダー の10日目の記事です。

今回は少し心理学よりの話を中心にします。

はじめに

謎の仕組みで動いている非常に複雑な機械があったとき、まったく解析の手がかりがなくても、ある部品を取り去ると特定の機能だけ働かなくなることを発見したとします。すると、システム全体の仕組みや、その部品がどのような仕組みで動いているのかは依然としてわからないままですが、その部品が特定の機能を持っていることや、機械全体がある種のモジュール構造をもっている、ということはわかります。

脳も同じで、各部位がどのようなメカニズムによって動作しているのか、またその各部位が協調してどのように脳全体を成り立たせているのかについては、不明な点が多くあります。一方で、脳のある特定の部位が損なわれると、その場所に応じて特定の障害が現れることがわかり、脳機能局在論(theory of localization of brain function)が支持されることになります。

たとえば、すでに紹介したブローカやウェルニッケによる言語野の発見が代表例です*1*2

その後も、(主に戦争によって)脳のごく一部のみに損傷を受ける患者が非常に増えたことや、脳腫瘍や脳梗塞が起きても一命を取り留める患者の増加で、各部位の働きがわかるようになってきました。

さらにfMRIなどの測定技術の向上も手伝って、あることをしているときに脳のどの部分が活発になるかといったことがリアルタイムでわかるようになりました。本稿では、このような過去の事例によって得られた事例をいくつか紹介します。

高次脳機能障害

高次脳機能障害は、主に大脳の損傷によって、様々な精神機能の低下あるいは喪失が生じた状態です。高次脳機能障害は非常に複雑で言葉では言い表しにくい症状もあるのですが、たとえば以下のような障害が生じます。

  • 失語: 話したり聞いたりすることができない*3
  • 失行: 身体をうまく動かすことができないか、まったく動かすことができない
  • 失認: 特定の感覚のみ感じられない
  • 注意障害: 物事に集中したり、集中しなければならないものを切り替えることができない
  • 計画の障害: 物事を順序立てて計画したり、その計画にしたがって行動できない、失敗しても行動を変えられない(遂行機能障害)
  • 記憶障害: 物事を覚えておくことができない*4

高次脳機能障害は健常者には非常に理解しにくい症状で、普通無意識的に行われている機能が損なわれた状態です。

注意障害といっても、単に「集中力がない性格なのでは?」と思われがちですが、たとえば

  • 「『あー』と言い続けてください」というような課題ができず、すぐにやめてしまう(持続性注意障害)
  • 人と話しているとき、他の人が動いていると次々に注意が移ってしまって街中などでは会話できない(選択制注意障害)

というようなレベルであって、単に「本人が真面目にやっていないからだ」というような性格の話ではないことに注意してください。

失語

失語は、ウェルニッケ失語やブローカ失語で見てきたように、

  • 声帯や舌などの発声器官には問題がないのに話せない*5
  • 聴覚には問題がないのに相手が言ってることを理解できない
  • 発音は明瞭だが、文法がめちゃくちゃで何を言っているのかわからない
  • 文章が読めない
  • 文字が読めない*6
  • 文字が書けない
  • 復唱ができない

といった症状が見られます。
すでに見てきたように、言語中枢は脳の幅広い部分に存在しているため、損傷部位や患者によって症状は千差万別です。失語症は症状に応じて運動性失語、感覚性失語、超皮質性失語など様々な分類が知られています。

失認

失認は特に視覚失認が広く知られています。これは視覚入力には問題がないのに、大脳の視覚を処理する領野が障害されているために目で見ているものが理解できない状態です。失明とは異なり、「見えているのに、それ何かわからない」という通常の感覚ではかなり理解しづらい状態です。

たとえば、机の上にあるもの(懐中電灯やドライバーやコップや時計など)を指して「これはなんですか?」と質問しても、患者はわからないか、まったく関係のない回答*7をしてしまいます。一方で、それを手にとった瞬間に正解がわかることもあります。これは視覚野が障害されていても、体性感覚野は機能しているので、触覚から対象物を当てることができたと考えられます。また、わからなくてもかなり上手にその物体のスケッチをすることができます。だから見えてないわけではないのです。

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RubensとBensonが実験に使ったイラスト。上に書いてあるのがお手本(鍵だけは右にあるのが手本)で、下が患者が模写したイラスト。模写自体は問題なくできていることがわかる。(Rubens, 1971)

患者は、たとえば豚については「犬か他の動物かもしれない」と惜しいところまでいっていますが、鳥のイラストは「切り株」と答えています。

この場合は、視覚も体性感覚も正常で、視覚と記憶をつなげる部分に問題が起きていると思われます*8*9

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古畑が実験に使ったイラスト。上に書いてあるのがお手本で、下が患者が模写したイラスト。やはり模写自体は問題なくできていることがわかる。(Yoshihara, 1996)

こちらの例だと、患者は鍵に対しては模写の前は「女の人の顔」と答え、模写後は「ネクタイピン」と答えています。模写によって視覚以外の領野でも情報が処理され、すこし正解に近づいたのかもしれません。同様に、豚のイラストは「女の人の顔」→「牛」、カニのイラストは「お茶」→「カニ(正解)」、傘のイラストは無回答→「わからない」と回答したが、実験者が「家にあるものか?」と質問すると、「あります。こうもり(傘のこと)」と正答しています。

半側空間無視

半側空間無視(hemispatial neglect)も失認の一種で、視覚によるものが有名ですが聴覚や触覚にも影響があり、症状としては体の半分からの刺激が認識できなくなるというものです。

たとえば、右半球(右脳)の視覚野が損傷すると、左視野が見えなくなります。「見えなくなる」というと、視野が半分になって左側は真っ黒に見えると思われがちですが、実際には患者には「見えていない」事自体がわかりません(ある部分から先が真っ黒になって視界が途切れているような場合は、半側空間無視ではなく半盲と呼ぶ)。また、身体(頭)を基準にして片側半分が見えないわけではなく、注視した部分の半側が見えなくなります。
たとえば、ご飯を食べるときでも、それぞれの皿の右あるいは左半分しか食べずに食事を終えてしまいます。移動するときも壁や柱にぶつかってしまったり、傷害されてる側から話しかけれられても気づかなかったり、顔半分だけひげを剃り忘れたり(本人はきちんと剃ったと思っている)といった症状が現れます。模写課題でも、お手本にある図のそれぞれ半分しか描けません*10

分離脳

分離脳(split-brain)も非常に興味深い障害のひとつです。
大脳は2つの大脳半球(右脳と左脳)からなることは既にご存知だと思いますが、大脳半球は直接くっついているわけではなく分離しており、両者は脳梁という大量の神経線維でつながっています。ここで互いの処理内容を通信していると考えられていますが、脳梁離断術(corpus callosotomy)によってこの脳梁を部分的に切断することがあります*11

2つの大脳半球をお互い通信できなくしてしまうなんて、致命的な障害が生まれそうに思えますが、予想に反して一見なんの影響も出ていないように見えるという驚きの結果になります。

ガザニガとスペリーはこの分離脳患者を対象に様々な研究を行い、さまざまな興味深い現象を発見しました。

特によく用いられたのは、左右の視野に別々の絵を見せるというものです。分離脳患者の場合、右視野に提示された画像は左半球に、左視野に提示された画像は右半球に送られて処理されます。通常の人であれば脳梁によって左右のイメージが統合されるのですが、分離脳の場合はこれがなされません。左視野と右視野でそれぞれ別の絵を見せれば、左右の違いがわかるというわけです。

たとえば、左半球にハンマーのイラストを見せて、右半球にはノコギリのイラストを見せます。そして患者に「何が見えますか?」と聞くと、必ず「ハンマーが見えます」と答えるのです。これは言語野が左半球にあることが原因です。右半球に送られたノコギリのイラストは、視覚野で処理されたあと側頭葉に送られて「これはハンマーである」と判断されますが、言語野がある左半球にその情報を送ることができないので、言葉に出てこないのです*12

さらにおもしろい点は、「目を閉じて左手で絵を描いてください」と要求してペンを渡した時です。一見すると、意識に上っているのはノコギリではなくハンマーですから、ハンマーの絵を書くはずです。一方で、左手の制御は右半球で行われます。そのため、患者はなんとノコギリの絵を描くのです。しかも目を開けた患者は、自分がノコギリの絵を描いたことに驚きます。「何を描きましたか?」と聞くと正確に「ノコギリを描きました」と答えるものの、「なぜノコギリの絵を描いたのですか?」と質問しても、患者はただ「わからない」としか答えられないのです。

別の実験では、左半球には鶏の足のイラストを見せて、右半球には雪が積もっている小屋のイラストを見せます。
次に手元に様々なイラストが描かれたカードを置き、「左右の手でひとつずつ関係するものを選んでください」と頼みます。
すると、右手は鶏のイラストが描かれたカードを選び、左手はスコップのイラストが描かれたカードを選ぶのです。今までの話からすればここまでは納得できると思います。なぜなら、脳の右半球は雪が積もっているイラストを見ているので、左手を制御して雪かきのためのスコップを選ぼうとします。左半球は鶏の足のイラストを見ているので、右手を制御して鶏を選ぼうとするわけです(なお、ここでは本人は左半球に提示された「鶏の足」しか見えていません)。

面白いのはここからで、実験者が「別々のカードを選びましたが、なぜその2枚を選んだのですか?」と聞くと、「鶏の足は当然ニワトリのものだし、スコップは鶏の小屋掃除に使うからです」と答えるのです。もちろん真実は雪の場面を見たからスコップを取ったからですが、患者はそれがわからないので、分かる範囲の情報(「鶏の足のイラストを見た」、「鶏のカードをとった」、「スコップのカードをとった」)を使って即興でそれらしい理由を作るのです。しかもこれは、「わからないから適当な理由をでっちあげた」という意識は本人になく、本当にそう思っていることもわかっています。

我々は自分が受け取った情報をすべて把握したうえでそれを統合し、吟味して意思決定をしているように思っていますが、この実験が示唆するところは、意識に上らないが意思決定に深く関わっている情報が存在し、またそれを意識することはできない、という点です。

意識とはなんなのか、考えさせられる実験です。

*1:それ以前にも、フランツ・ヨーゼフ・ガル(Franz Joseph Gall, 1758-1828)による「骨相学」では脳の特定の能力が優れているとその部位が大きくなり、頭蓋骨の形状にあ現れるとした仮説がある。これは現代からすれば明らかに間違えているが、結果的には「脳は場所によって明確な役割分担がある」という結論はあっている

*2:さらに遡ると、最初に脳機能の局在について触れているのは、ヒポクラテス(Hippocrates, 紀元前460頃-紀元前370頃)が「頭の左に外傷があれば右半身に痙攣が起き、右に外傷があれば左半身に損傷が起きる」旨を報告している

*3:話せなくなる運動性失語・聞いても理解できなくなる感覚性失語がある

*4:新しく覚えることができない前向性健忘と、古い記憶を忘れてしまう逆行性健忘(いわゆる記憶喪失)がある

*5:声が出なくなる症状として失声症もあるが、これは心因性なので違う

*6:漢字だけ読めない、といったケースもある

*7:本当にまったく関係のない答えのときと、似ているものと間違える例(イヌに対してネコ)、上位カテゴリのものを答える例(イヌに対して動物)と答える3パターンある

*8:Rubens A, Benson D.F, Associative visual agnosia. Arch. Neurol., 24:305-316, 1971

*9:古畑博代, 視覚失認に関する認知神経心理学的検討. 広島県立保健福祉短大紀要. 2 (1) 21-29 1996

*10:とはいえ印象に残りやすいものは模写できるようだ。たとえば掛け時計の絵を書くときは、時計全体の丸いシルエット自体は描くことができ、半円になることはない。一方で数字は12〜6くらいまでしか描けない

*11:滅多にないが、てんかんの治療として稀に行われることがある

*12:ただ、分離脳の患者が誰でもこのタスクをこなせるわけではないらしい。一部の患者は左右どちらの半球でも見たものの認識が可能になることがあり、その場合にのみこのような実験が成立する

記憶

これは 人工知能アドベントカレンダー の9日目の記事です。

生理学よりの話は今回で最後です。記憶の概要について見ていきましょう。

記憶の分類

一口に記憶といっても、その種類は様々です。様々な分類方法がありますが、今回はもっとも一般的な物を紹介します。
まず概要を説明すると、もっとも大雑把な分類としては短期記憶と長期記憶があります。前者はある程度時間が経つと完全に忘れてしまう(忘却)もので、長期記憶は固定されて忘れることがないものです*1*2
さらに長期記憶は陳述記憶と非陳述記憶にわけられます。前者は言葉で説明できる記憶(「あなたの誕生日は?」「住所はどこですか?」「三角形の面積の求め方は?」など)で、後者はそうでない記憶です。言葉では言い表せない記憶というのは一見わかりにくいのですが、これは要するに「体で覚える」タイプのものです。自転車の乗り方や、泳ぎ方は非陳述記憶です。長期記憶はもっと細かく分けられますが、これは追々見ていきましょう。

短期記憶(ワーキングメモリ)

短期記憶(short-term memory, STM) はもっとも持続時間の短い記憶です。たとえば電話番号を覚えるとか、初対面の相手の顔と名前を覚えるとか、買い物の時にレジでいくら出せばいいかとかそういったもので、特に何もしなければ(覚えようとしなければ)数秒から数分程度で完全に忘れてしまいます。

昔は7個までしか覚えられないとされていた*3のですが、その後の研究で今は「4」とされています*4

なんで昔は7だと思われていたのかという点ですが、人は短期記憶を覚える(記銘する)とき、効率化のために情報をひとまとめにしており(これをチャンク化といい、ひとまとめになった情報ひとつひとつをチャンクという)、このせいで見かけの記憶容量が増えていたのです。

たとえば、 「3578639」という数字を覚えるのは少し大変ですが、「357-8639」とか「3578-639」と分けるとすこし覚えやすくなります。チャンク化は意識的にも無意識的にも行われており、これによって4つしか覚えられないという制限を少し緩和しています。

短期記憶がどのような仕組みによって実現されているかはまだわかっておらず、様々な仮説があるのですが、少なくとも大脳皮質、特に前頭葉が主要な役割を果たしているようです*5

長期記憶

長期記憶(long-term memory, LTM)は短期記憶とは真逆で、覚えるのに時間がかかるものの一度覚えれば永遠に忘れない記憶です。
たとえば、試験勉強の際にテスト開始ギリギリまで教科書を見ていろいろ記憶しようとするとある程度覚えられますが、数時間後には完全に忘れています。これは情報が短期記憶には記銘されたものの、長期記憶には記憶されなかったため、と説明されます。逆に、たとえばハサミの使い方、九九、母校の名前、自転車の漕ぎ方、などは一度覚えればその後何年も使わなくても再び思い出すことができます。これらは長期記憶に固定されたためだと説明されます。

既に述べたように、長期記憶は陳述記憶(宣言的記憶ともいう)と非陳述記憶(手続き記憶ともいう)にわけることができ、さらに陳述記憶は意味記憶エピソード記憶にわけられます。

陳述記憶 - 意味記憶

意味記憶は文字通り言葉の意味に関する記憶です。「山とはなんですか?」「犬には脚が何本ありますか?」「日本の首都はどこですか?」といったものは意味記憶になります。

陳述記憶 - エピソード記憶

エピソード記憶はその人の個人的な体験に関する記憶です。自分の名前、自宅の住所、今朝何を食べたか、お気に入りの店、などといった記憶があてはまります。
より砕けた言い方をすれば、映画やドラマで記憶喪失になった人が忘れている情報が陳述記憶です。あの人たちは走ったり車の運転をしたりでき、他人の言うことを理解することもできます。つまり非陳述記憶も意味記憶も保たれています。ただ自分が誰で今までどんなことをしていたのかというエピソード記憶だけが失われているわけです。

意味記憶エピソード記憶は単に「個人の経験によるものか」という違いしかないので、脳内でこの2つが明確に別れて処理されているのか(もしそうなら、なぜその必要があるのか?)*6についてはよくわかっていませんが、一般的には別物として扱います。

展望的記憶

展望的記憶(単に展望記憶とも)は、今まで触れていませんでしたが、未来に関する記憶です。まだ経験していないという点で他の記憶とは異なり、「あとで牛乳を買いに行く」「来週の火曜日に病院に行く」「来年までに机を買う」といった将来のことに対する記憶です。

非陳述記憶(手続き記憶)

既に何度か触れていますが、非陳述記憶は言葉では言い表せない記憶です。一般には体の動かし方が当てはまります。自転車の漕ぎ方や泳ぎ方は、言葉でコツを説明することはできるかもしれませんが、他の記憶と違ってそれを聞いたところでマスターできるような性質のものではありません。何度も身体を動かして記憶する必要がありますが、一度記憶したらずっと忘れません。

これらをテレビゲームをやるときに例えるなら、

  • ゲームのルールを覚えるのは意味記憶
  • 今の戦局を元にどう行動すればいいか考えてるときは短期記憶
  • ゲームを何度もやって上達するのは非陳述記憶
  • 昨日ゲームをやったがうまくいかず悔しかった、というのはエピソード記憶
  • 明日の午後7時になったら友達とゲームする約束がある、というのは展望的記憶

という分類になります。

生理学的な知見

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それでは、これらの記憶はどのように実現されているのでしょうか。まず大雑把な対応関係としては

であり、かつ短期記憶を陳述記憶として固定するために海馬(hippocampus)が必ず必要です*7

非陳述記憶は別として、陳述記憶は大脳で処理された情報がまず海馬に保存され、その後必要だと判断された記憶(長期記憶に転送するべき情報)は海馬から大脳に転送されて長期記憶になると考えられています。細かい点では様々な説がありますが、このように情報は大脳から海馬にいったん保存されて、次に時間をかけて大脳に固定されていくというモデルが支持されています。

「記憶は最初はぼんやりとしか覚えていなくて、繰り返し覚えようとすることで次第に明確に刻まれる」と思われていますが、実際は脳の中を記憶が移動しているわけです。

海馬の構造

海馬体(Hippocampal Formation)は図のようにいくつかの部位から構成されます。海馬体のことを指して海馬ということもありますが、厳密には海馬(hippocampus, アンモン角ともいう)は海馬体の一部でしかありません。また、海馬はCA1, CA2, CA3の3つからなります。
さらに、嗅内野(entorhinal cortex)や海馬(uncus of hippocampus)も海馬体に含めますが、これらは大脳皮質の一部(海馬傍回)でもあるので図では点線でわけました。

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大脳皮質からの入出力は、ほとんど嗅内野経由でやりとりされます。その他、視床側坐核扁桃体、乳頭体との連絡があることもわかっています。側坐核扁桃体、乳頭体は、報酬、快・不快、恐怖、快楽などを制御している部分と考えられており、これらの器官と海馬が密接に結合している(場所も近い)ということは、「入ってきた情報を記憶として留めておくかどうか?」の判断に感情が強い影響を与えるということを示唆しています。たとえば、とても怖い思いをしたときや腹が立ったときは、それが一瞬のことであっても何十年も記憶が残ります。一方で普段入ってくるたくさんの情報は長期記憶には保存されずに忘却します。この閾値を決めるのに感情が役立っていそうです。

海馬内部の構造や神経構造についてはかなりわかっているのですが、あまりにも長くなるのでここでは割愛します。

海馬による記憶の形成

新しい陳述記憶を形成するためには海馬が必要だと考えられており、これは様々な研究から強固に支持されています。

新しい情報が入ってくると、まず主な経路として視床→大脳皮質と情報が流れ、ここで様々な情報処理がなされます(何を見聞きしているか、どう体を動かせばいいか、将来どうするか、など)。このうち、覚えておいたほうが良いと判断された情報は、主に側頭葉から海馬に入力されます。海馬は他の部位と異なり、繰り返し練習しなくてもすぐに入ってきた情報を覚えることができるという特徴*8があり、陳述記憶として暫くの間保存されます。

海馬に保存された記憶のうち、さらに重要であると判断された情報は、少しずつ時間をかけて大脳皮質に転送されます(転写)。これには非常に時間がかかりますが、一度転写された記憶は永遠に記憶されます。
非常に複雑なこと、たとえばパソコンの操作や、数多くの漢字の読み方であっても、なんども繰り返しているといつの間にか完全に覚えておくことができます。これは海馬から大脳皮質に転写が終わったので、長期記憶として完全に固定されたためです。

コンピュータに例えると、海馬は容量が少ない上に定期的にリフレッシュしないと情報が失われてしまう一方非常に高速に読み書きできるキャッシュメモリで、大脳皮質は容量は(キャッシュメモリに比べると)無限と言っていいくらいあるものの、読み書きは非常に遅いメインメモリやハードディスクのようなものといえます。

このように、海馬は入ってきた情報に応じて素早く神経ネットワークを変化させて新しい情報を記憶することができるという、他の部位にはない特殊な能力を備えています。ただ、海馬は非常に脆弱な部位で、大きな、あるいは長期間のストレスを受けたり、アルツハイマー病や酸欠になると海馬から先に萎縮してしまいます。瞬時に記憶を固定できるという能力と引き換えにこのような脆さを背負う必要があったと考えられます。

場所細胞とグリッド細胞

最近ノーベル賞を受賞したことで有名になった海馬の神経細胞に、場所細胞とグリッド細胞があります。

場所細胞


Hippocampal place cells recorded in the Wilson lab ...

場所細胞(place cell)は、ある場所を通ったときにだけ発火する神経細胞で、特にCA1は非常に多くの場所細胞があることがわかっています*9

上の動画はラットの場所細胞が反応する様子を動画にしたもので、色が違う点はそれぞれ別の場所細胞が発火したことを表しています。これを見ると、ある場所にいるときだけ発火する専用の細胞があることがよくわかります*10

この場所細胞はありとあらゆる場所をそれぞれひとつずつ担当しているわけではなく、その時々に応じて受け持つ範囲を動的に変更できるようで、ある部屋のある位置で反応していた細胞は、別の部屋の別の部屋でも反応します。この変化は場所や課題*11の変化に応じて瞬時に行われ、海馬の柔軟性が遺憾なく発揮されているようです。

場所細胞がどれくらい場所に特異的に反応しているかというと、いくつかの神経細胞さえ測定できれば、実験用ラットが部屋のどこにいるのかを数センチの誤差で当てられるほどです*12*13

グリッド細胞

グリッド細胞(grid cell)は嗅内皮質で発見された、規則正しく網目のようにつながった神経細胞で、これは地図のような役割を果たします。ラットが少し場所を変えると、今まで反応していた神経細胞のとなりの神経細胞が反応し、また少し移動するとやはりすぐ隣の神経細胞がよく反応するようになります。

しかも、ラットが課題を行っている景色を回転させると、それにあわせてグリッド細胞の発火場所も回転することがわかっています。まさに、カーナビの画面のようなシステムがグリッド細胞で実現されているのです。

おわりに

海馬のことについてはまだまだたくさんのことがすでに判明していますが、ここではその概要でさえも到底書ききれないので、まだ後日時間のあるときに触れることにして、記憶と海馬について簡単に説明しました。

*1:長期記憶は忘れることがない、というのは不自然に思われるかもしれないが、「脳に完全に刻み込まれていて、思い出すきっかけがないだけ」と考える。たとえば、大昔に見た映画のストーリーや歌を思い出せといわれて出来なくても、実際にその映画や歌を見聞きしはじめると展開を次々と思い出すことができます。つまり、記憶としては存在するものの、なんらかの形で思い出せないだけで、忘却されてるわけではない、と考えるわけです

*2:情報を覚えることを記憶、記銘といい、思い出すことを想起とよぶ。特に自ら思い出そうとして想起することを再認、他の要因からの連想によって想起することを再生とよぶ。さらに、これらの情報を完全に忘れてしまうことを忘却とよぶ

*3:この7個というのをマジカルナンバーといい、Miller(1956)の実験が非常に有名

*4:Cowan, N. (2001). The magical number 4 in short-term memory: A reconsideration of mental storage capacity. Behavioral and Brain Sciences, 24, 87-185

*5:海馬が損傷しても短期記憶には影響が出ない一方で、前頭葉の損傷は重大な影響が出る

*6:「個人的な体験かどうか?」は重要ではなく、「時間と場所に依存しているか?」が重要だという説がある。これならば時間と場所について専門的に処理しているところがあると仮定すれば、両者が別の記憶だというのも納得がいく。また、「一度しか経験できないかどうか?」で考えることもある

*7:いったん海馬に入った記憶が長期記憶に固定されると海馬からはなくなるのか、ある程度残るのかはよくわかっていない

*8:教科書の内容を覚えたり、自転車の漕ぎ方はなんども繰り返し練習しないと記憶として定着しませんが、今どこを歩いているかとか、数時間前に駐車場のどこに車を止めたかとか、今何について話しているのかといったことは何度も経験しなくても(そもそも何度も経験できない)数時間か数日くらい覚えています。こういった情報は海馬に忘却されるまで残っています。

*9:R U Muller, J L Kubie, J B Ranck, Spatial firing patterns of hippocampal complex-spike cells in a fixed environment. J. Neurosci.: 1987, 7(7);1935-50

*10:バリバリと音がなっているのは細胞が発火したときをわかりやすくするため。「目で見ればわかる」と思うかもしれないが、視覚より聴覚のほうが時間分解能が高いので音も鳴らしている。たとえば、ある2つの点が同時に光ったか、すこしずれていたか?を判断するより、2つの音が同時に鳴ったかどうかのほうがより短い時間まで認識できる。視覚は空間分解能が高いが時間分解能は低く、聴覚はその逆の特性を持っているため、ヒトは知らず知らずのうちに両者を使い分けてなるべく多くの情報を得ようとしているようだ

*11:たとえば迷路のゴールにたどり着くと餌がもらえるなど

*12:E N Brown, L M Frank, D Tang, M C Quirk, M A Wilson, A statistical paradigm for neural spike train decoding applied to position prediction from ensemble firing patterns of rat hippocampal place cells. J. Neurosci.: 1998, 18(18);7411-25

*13:この方法ではカルマンフィルタを使って予測精度をあげているようだ

言語

これは 人工知能アドベントカレンダー の8日目の記事です。

大脳のうち、言語(話す、聞く、読む、書く)に関わりの強いところを言語野、言語中枢(language center)とよびます。特にブローカ野とウェルニッケ野が有名ですが、ヒトで特に発達した言語機能についてここでは見ていきましょう。

言語野の局在性

言語野はふつう左半球(左脳)にあります*1

つまり、言語野がないほう(普通は右半球)に障害を負っても、言語能力への影響は少ないといわれています。なぜ左右で分担せずに左半球にのみ偏って言語野があるのかはよくわかっていませんが、両方の半球が拮抗しないように片側を抑制しているという説があります。
右半球がなにもしていないかというとそういうわけでもなく、発話や読み書きに直接関わらない他の機能*2や、左半球の機能が低下したときにサポートするといった機能もあるようです*3

主要な言語野

大雑把に説明すると、ブローカ野は「話す」、ウェルニッケ野は「聞く」を担当していると考えられています。また、ブローカ野とウェルニッケ野は弓状束と呼ばれる神経の束で相互に連絡をとっています。

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ブローカ野

ブローカ野(Brocs'a area)は前頭葉、ブロードマンの脳地図でいうと44野・45野のあたりにあるといわれています(ただし、それぞれの領野はさらに細かく分けることができるようである) *4

脳外科医のブローカの患者に、「タン、タン*5」としか発音できないがそれ以外の知能は普通という変わった症状を持った M. Leborgne*6 という人がおり、彼の死後に解剖すると、左半球の下前頭回を損傷していたことから、ここが話すのに必要な言語中枢(運動性言語中枢)だと予想しました*7。今日では、このような症状を運動性失語、またはブローカ失語と呼び、以下のような特徴が見られます*8

  • まったく話せない、あるいはたどたどしい話し方しかできなかったり、一言二言の短い文しか話せない
  • 相手の話を聞き、理解することは問題なくできる*9
  • 復唱(相手が言ったことをそのまま真似して返す)は障害されない
  • 話すだけでなく、文字を書くことによって意思を表明する能力も障害されることが多い


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Leborgne, 通称「タン」氏の脳。左が前。ブローカ野周辺が黒く萎縮してしまっていることがわかる(脳梗塞が原因) (Public Domain)

ウェルニッケ野

ウェルニッケ野(Wernicke's area)は視覚野・聴覚野・体勢感覚野と接するような位置にあります。カール・ウェルニッケ(Carl Wernicke) によって報告されたのでこの名前がつきました。
ブロードマンの脳地図で表すと、おおよそ22野にあたります。

脳外科医であったウェルニッケの患者に、なめらかに話すことができるのに、言い間違いが多かったり、言語を聞いて理解する能力に障害があるという症例(ウェルニッケ失語*10、感覚性失語があったことから22野周辺が言語理解に関わっていると考えたのです。

具体的には以下のような症状が出ることが多いようです。

  • 非常に流暢に話す一方で、言い間違いが多かったり支離滅裂だったりして、相手には言いたいことがほとんど伝わらない
  • 話を聞いても相手が何を言っているのかよくわからない
  • 復唱(相手が言ったことをそのまま真似して返す)は不可能
  • 読み書きの障害があることもある
角回

角回(angular gyrus, 39野とほぼ同じ)はウェルニッケ野と一部重なる位置にあります*11

角回の機能はよくわかっていませんが、言語に関する様々な機能を実現するために重要な働きをしていると考えられています。たとえば、音楽家が楽譜を読んでいるときに左角回の活動が活発になっている*12とか、左角回が読み書き能力に関わっている*13とか、暗喩の理解に関わっている*14*15などです。

次に説明する縁上回や角回を損傷すると、ゲルストマン症候群(Gerstmann syndrome)になると考えられています。ゲルストマン症候群の主な症状は、文字が書けない(失書)、暗算ができない(失算)、左右がわからない(左右失認)、などです。

縁上回

縁上回(supramarginal gyrus, 44野とほぼ同じ)もウェルニッケ野の一部共通している部分があり、また角回とは隣接しています*16

縁上回も角回同様、具体的に何をどのように処理してどんな機能を果たしているのかはよくわかっていません。

ただ、視覚野と体性感覚野の間にあるだけあって、両者の情報を取りまとめるようなことをしているようです。たとえば、左右の認識や、他人の姿勢や動作の認識(ミラーニューロン)との関わりが指摘されています*17

ほかには時間の長さやタイミングを測るときは右縁上回が活発に活動していることから、時間の経過の把握に必要だという研究*18があります。

言語処理

昔はウェルニッケ野とブローカ野が弓状束を介して相互に情報をやりとりすることで様々な言語処理をしていると考えられていましたが、今ではより複雑なモデルが考えられています。

上記に述べた部位が言語中枢ではありますが、その他の領域、たとえば大脳基底核や小脳も言語処理には重要であるという研究もあり、かなり大規模なネットワークが形成されていると思われます。

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より現代的な言語機能のモデル。さらに扁桃体大脳基底核なども言語機能に関わっていると考えられている*19

これらの知見を統合すると、たとえば聴覚野のようにある特定の部位がその処理に関わっているのではなく、身体感覚や運動機能、記憶や感情など脳のほとんどの部位が大なり小なり相互連絡をして言語機能を成立させているといえます。ヒトの言語機能が他の動物とくらべても突出して優れていることは、この脳の大規模ネットワークがあるからこそ実現できているのです。

まとめ

話したり聞いたり、あるいは書いたり読んだりするためには、視覚や聴覚情報という入力の点でも高次の情報抽出が必要で、出力の点でも声帯や舌、指などを非常に複雑に動かさなければ成り立ちません。また、当然「なにをどう表現するか?」という心的な要素も加わります。これには感情、将来の展望、過去の記憶、話し相手が何を考えているかなども考慮する必要があり、既に触れてきたように脳の殆どの部分がなんらかの形で言語機能に関与しています。

音声認識や画像認識をしたり、歩いたりするロボットはあっても、言語を用いてわれわれ人と円滑にコミュニケーションをとれるロボットはまだありません*20。「どう話すのが言語として自然か?(言語モデル)」の研究は結構進んでいるのですが、動物の場合はむしろそれより「何を表現したいか」という内心的な動機がまずあるはずです。このあたりがうまくわかっていない、理論がないあたり、言語機能をロボットに持たせるのはまだまだ時間がかかることでしょう。

*1:98%の人は左半球にあると言われている。人によっては右半球に言語野があることもある。また、右利きの人は左半球に、左利きの人は右半球に言語野があるといわれているが、実際は例外も多い

*2:ユーモアの理解、比喩の理解、自分がどこにいるのか、他人がどんなことをしているかといった認識など

*3:Saur D, Lange R, Baumgaertner A, et Al. Dynamics of language reorganization after stroke. Brain. 2006

*4:Katrin Amunts, Marianne Lenzen, Angela D Friederici, Axel Schleicher, Patricia Morosan, Nicola Palomero-Gallagher, Karl Zilles Broca's region: novel organizational principles and multiple receptor mapping. PLoS Biol.: 2010, 8(9);

*5:原文では "Tan"

*6:M.ルボルニュと発音するようだ。彼は病院では「タンさん」と呼ばれていたとある

*7:Broca, Paul. Remarks on the Seat of the Faculty of Articulated Language, Following an Observation of Aphemia (Loss of Speech). Bulletin de la Société Anatomique, Vol. 6, (1861), 330–357.

*8:ブローカ野は広いので、どこがどれくらい損傷を受けたかによって大きく異なる。また、後述のウェルニッケ失語と共通する点として、患者は脳梗塞などによって他の部位にも障害を持っていることが多く、言語野が侵されているからできないのか、単に身体の麻痺などによってうまくできないだけなのか判断が難しいこともある

*9:軽度の理解障害を併発することもある。特に「AしてからBし、次にCをする」ような段階を踏む命令が理解できないことがある

*10:ウェルニッケ脳症(Wernicke's encephalopathy)とは関係ない

*11:以前述べたように、"回(gyrus)"は大脳の皺のでっぱり部分(表面に盛り上がっている部分)を指す。角回はシルヴィウス溝(外側溝)が走る根本のあたりにある回を指す

*12:Mitsuru Kawamura, Akira Midorikawa, Machiko Kezuka, (2000) “Cerebral localization of the center for reading and writing music, NeuroReport” , Vol.11, No.14 , pp. 3299-3303

*13:"Spatial neglect, Balint-Homes' and Gerstmann's syndrome, and other spatial disorders". CNS Spectr 12 (7): 527–36.

*14:Ramachandran, V.S.; Hubbard, E.M (2003). "The Phenomenology of Synaesthesia" (PDF). Journal of Consciousness Studies 10 (8): 49–57.

*15:Sathian, K (2011). "Metaphorically feeling:Comprehending textual metaphros actives somatosensory cortex" . Brain and Language 120 : 416–421. doi : 10.1016/j.bandl.2011.12.016 .

*16:角回と縁上回をあわせて、下頭頂小葉(inferior parietal lobule)とよび、外側溝の端を囲むような場所にある

*17:Carlson, N. R. (2012). Physiology of Behavior 11th Edition. Pearson. pp. 83; 268; 273-275

*18:Hayashi, M. J., Ditye, T., Harada, T., Hashiguchi, M., Sadato, N., Carlson, S., Walsh, V., and Kanai, R. (2015). Time Adaptation Shows Duration Selectivity in the Human Parietal Cortex.: PLoS biology.

*19:Hitoshi T Uchiyama, Daisuke N Saito, Hiroki C Tanabe, Tokiko Harada, Ayumi Seki, Kousaku Ohno, Tatsuya Koeda, Norihiro Sadato Distinction between the literal and intended meanings of sentences: a functional magnetic resonance imaging study of metaphor and sarcasm. Cortex: 2012, 48(5);563-83

*20:現在、話しているように見えるロボットは、「音声認識結果に"天気"という単語が含まれていたら、『今日の天気は◯◯です』と答えよ」というようなルールの羅列によって達成されているが、明らかに動物の言語モデルとは大きく異なることがお分かりかと思う

五感

これは 人工知能アドベントカレンダー の7日目の記事です。

今回のテーマは五感ですが、視覚、聴覚、体性感覚(触覚)の3つをメインに触れます。ロボット的には嗅覚と味覚センサは一般的ではないですしね。

視覚

視覚は非常に複雑なプロセスで処理されており、脳の大部分(ある種の猿は大脳皮質の7割)は視覚処理をしています。
まず、光が目に入ってから視覚野までの経路を簡単に説明します。

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視覚伝導路

網膜とサッケード

左右の目に入った光が網膜の錐体細胞*1・桿体細胞*2を刺激し、視覚刺激は視神経を通って視交叉を通過します。

網膜では視神経が通る部分には錐体細胞・桿体細胞ともに存在しないため、たとえ光が入ってきても情報が入ることはありません。これは盲点と呼ばれます。
また、それぞれの眼球中央よりすこし外側の網膜にはわずかに凹んでいる場所があり、中心窩と呼ばれここには非常にたくさんの錐体細胞があります。逆に言うと、中心窩からすこしでも離れると錐体細胞の数はどんどん減っていき、視野の端のほうには錐体細胞はほとんど存在しません。中心窩の大きさは、腕を前にまっすぐ伸ばし、親指を立てたときの爪の大きさくらいですが、そこ以外の部分は実はほとんど見えていないのです。

そのため、ヒトの目は見たいものを中心窩で捉えるために1秒に2, 3回ほどの頻度で常に目を動かしており、サッケード(saccade, 眼球跳躍運動、サッカードとも)と呼ばれます*3

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サッケードとマイクロサッケード。点線で示した円が注視目標で、被験者はこの円をずっと見るように依頼される(実際の円はもっとずっと小さい)。被験者はまったく目を動かしていないつもりでも、実は常に小刻みに動いており、通常止まることはない。この動きはいくつかの種類にわけられる。ひとつは別の点にジャンプするように瞬時に移動するマイクロサッケード(フリックともいう)。もうひとつがドリフトとトレマであり、ドリフトは弧を描くように滑らかに移動していく動き、トレマは非常に小刻みに振動するような動きで、この2つが組み合わさって図で示したような動きになる*4

1秒に2,3回というのは相当な頻度ですが、そこまで目を動かしている感じは普段はしません。この理由はまだ不明な点も多いのですが、大雑把に言うと、目を動かすときにその動きを打ち消すような処理をしているため、サッケードが発生しても見ているものが動くようには感じられない、というわけです。

サッケードに関しては様々な研究があり、非常に奥が深いのですが、眼球運動をまじめに扱うとまた1日ぶん記事が増えるので、適当に割愛します*5

視覚伝導路

視交叉ではそれぞれの眼球の右視野と左視野の入力が交叉しており、右脳には左視野の、左脳には右視野の情報だけが送られます*6

そして、

  • 中脳の上丘に投射する経路
  • 外側膝状体(LGN)を経由して大脳の後頭葉にある一次視覚野(V1)に送られる経路

の2つの主要な経路に別れます*7

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左は実際に見ているもの(あるいは見ていると感じているもの)であり、右は目が受け取っている情報をイメージしやすいように加工したもの(正確性は多少犠牲にしている)。
網膜に映るのはレンズを通しているため上下左右が反転しており、また中心部分には網膜神経節細胞が極めて多い中心窩が存在する。逆に言えば、人は視野の中心しかほとんど見えておらず、外側に行くに従って解像度が落ちると同時に色に対する感受性も低下する。そのため、常に眼球を動かして中心窩で捉える部分を変えていかなければならない。右図で中心よりすこし左にある灰色の円は盲点であり、この部分の情報は完全に欠落するが、脳内で補完されるために通常気づくことはない*8

視覚野

視覚野はある程度並列処理をしているものの、階層的な処理もしており、一次視覚野からスタートして次第に広がっていきまた特定の領野に収束していくという菱型構造になっています。

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猿の視覚情報伝達経路。一番下のRGCは網膜、LGNは外側膝状体、V1から大脳新皮質(視覚野)で、おおまかに言うとV3あたりまでが後頭葉、その後はV4〜AITあたりの経路は側頭葉、MT野以降の経路は後頭葉に位置する。*9

視覚野(視覚野以外の領野も)は受容野というものがあり、たとえば視覚野では、あるニューロンは目に入ってきた映像のごく一部の部分のみを担当しています。受容野内の刺激が特定のもののときのみそのニューロンは発火します。
一次視覚野では、受容野内に特定の傾きの線(エッジ)があるときだけニューロンが発火します。たとえば、あるニューロンは10度傾いた線にのみ反応し、その近くにある別のニューロンは、20度傾いた線にのみ反応し…といった具合です*10

一次視覚野については、過去の記事を参照してください。

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一次視覚野のモデル図。1〜6の数字は大脳新皮質の6層構造を、R, Lは右目と左目どちらからの入力が投射されているか、縦長の各ブロックはマイクロカラム、円柱のような構造はブロブ、カラムの横に小さく描いてある棒はどの角度の線に対してそのカラムが反応するかを表したもの*11 *12

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目で見たものがどのようにV1に投射されるかを表した図。左は見る対象、右はV1にどのように投射されるかを表した。右半球の一次視覚野を切開して平面的に広げると右図のように映像が投射されている。右半分しかないように見えるが、既に述べたように右視野と左視野は別々の半球で処理されるためである。局所的な位相関係はある程度保たれているが、全体的に歪んだ状態でV1に投射されることがわかる。また、視野の中央付近の映像はV1の広い範囲で(拡大されて)処理されることがわかる。逆に視野の外側の映像はV1では狭い面積しか割り当てられていない。

上の図でもわかるように、ゆがんではいるものの一次視覚野でも網膜に写った像と同じ位相関係が保たれています。これをレチノトピー(retinotopy)と呼びます。言い換えると、一次視覚野で近くにある神経細胞は、視覚的にも近くにある範囲の処理を担当しています。この処理する範囲のことを受容野と呼びますが、受容野自体は一次視覚野以降の視覚野でも観察されます*13

二次視覚野(V2)では、一次視覚野から入力を受け取って、今度は複数の線を組み合わせたコーナー(角)などに反応するニューロンが現れます。四次視覚野(V4)は二次視覚野から情報を受け取って、さらに複雑な模様や色のパターンに反応するニューロンが現れます*14

このように、ひとつ前の(低次の)領野の入力を受け取って、なんらかの処理をしてより高次の領野に送るといったことをしているのは、視覚野に限らず大脳新皮質全体にいえる普遍的なしくみのようです。

腹側皮質視覚路

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腹側皮質視覚路を示した図。LGNは視床の一部である外側膝状体(Lateral geniculate nucleus)である。V1は単純な線しか認識できないが、TE野では顔や手などの非常に複雑な形状の物が認識できていることがわかっている。このように、段階を踏んで次第に複雑な情報が扱えるようになっているのが視覚に限らず大脳皮質の基本的な仕組みだと考えられている。V4は本来脳の内側にあり、外からではほとんど見えないが、この図ではかなり誇張して描いてある。(再掲)

腹側皮質視覚路は、実験がしやすい(解釈しやすい)ことから大脳新皮質の中でも特によく解明が進んでいる部分です。
腹側皮質視覚路は、俗にWhat経路といい、目で見たものが何かを処理していると考えられています。つまり、りんごを見てそれがりんごであると判断する部分が腹側皮質視覚路(のIT野)になります。次で述べる背側皮質視覚路は、Where経路であり、どこにあるか?どう動いているか?を処理していると考えられています*15

既に述べたように、視覚野は段階的に複雑なものを処理するようになっており、V1では単純な直線とその傾きにしか反応しません。IT野になると、かなり具体的なオブジェクトに反応するニューロンが見つかっており、たとえば顔に反応するニューロンや、自動車に反応するニューロンや、さらに具体的な例としてシドニーのオペラハウスだけに反応するニューロンなどが報告されています。

背側皮質視覚路

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背側皮質視覚路を示した図。V2までは腹側皮質視覚路と同じだが、その後経路がわかれて頭頂葉に向かって進んでいく。V3野のあとはさらに枝分かれし、体性感覚野の隣、IPLとSPLに到達する。V3野以降の経路がどうなっているのかはよくわかっていない点が多いが、両者は完全に分離しているわけではなく、少ないながらも相互に連絡をとっているようである。この点は腹側皮質視覚路を含め、大脳新皮質全体に共通している。すなわち、ある領野と別の領野との間にまったく接続がないというのは少なく、大抵は大なり小なり双方向の接続がある場合が多い。

聴覚

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聴覚野の場所。濃い色で表示されている場所が一次聴覚野。二次聴覚野は一次聴覚野を囲むように存在し(ここでは図示していない)、その外側は聴覚連合野(薄い色で示した部分)。

聴覚野も視覚野同様複数の領野から構成されます。
現在はサルを対象とした研究で、17の領野に分類されますが、視覚野ほどには解明は進んでいません。各領野の機能はもちろん、それぞれがどのように接続されているのかもよくわかっておらず、ここでも簡単な紹介のみに留めます。

聴覚入力は一次聴覚野(A1)で処理されたあと、一次聴覚野を取り囲むように存在する別の聴覚野に出力されていきます。
各聴覚野に共通の構造として、ある小領域は特定の周波数の音だけを専門で処理しており、そこからほんの少しだけ離れた部分では、わずかに違う周波数の音を処理している、と考えられています。つまり、どの聴覚野を見ても、低周波数〜高周波数までを処理する専門の部分が均一に分布しています。これを周波数地図(トノトピー)といいます*16*17

体性感覚

体性感覚は、五感で言うところの触覚にあたるものです。
感覚器からの信号は脊髄を通って、他の感覚同様まずは視床に入力されます*18

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視床からは主に一次感覚野に情報が転送され、ここで体性感覚の処理*19が行われます。ブロードマンの脳地図でいうと、1,2,3野にあたります(前から3,1,2の順)。さらに二次体性感覚野(43野)に情報が転送されます。

また、体性感覚野と平行して、視床から島皮質(insular cortex)にも投射があることがわかっています。島皮質は脳の奥、側頭葉と頭頂葉を繋ぐ場所にあり、具体的な機能はわかっていないものの、様々な部分で重要な役割を果たしていると考えられており、今後目が離せない領域です。体性感覚の側面から見ても、島皮質は痛覚との関連性が指摘されています*20

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ペンフィールドホムンクルス。左は体性感覚野、右は運動野。図の上が頭頂で、皮質に沿って体のどの部位が対応しているかを表している。イラストの大きさはどれくらい脳の表面積が割かれているのかを表す。

ホムンクルス

視覚にレチノトピー、聴覚にトノトピーという、似た入力は脳内でも似た場所にあるという関係について触れましたが、一次感覚野においても体部位再現(ソマトトピー, somatotopy)があります。上の図がソマトトピーを表現したもので、ペンフィールド*21ホムンクルス(cortical homunculus)と呼ばれます。

このイラストでは、脳の各部位によって身体の担当箇所が異なること、身体の物理的な位置は概ね脳内でも似たような位置関係にあること(鼻と唇は近い、各指同士は近い、頭と脚は遠い領域で処理されている、など)また身体の実際の表面積・体積とは関係なく感覚が鋭い部分に多くの脳の面積が割かれていることなどがわかります。たとえば、腕や脚は実際の物理的な大きさの割にはほんの少しの領域しかマッピングされておらず、逆に唇や人差し指は身体の1%未満しか占めていないのに、脳内ではかなりの神経細胞がこれらの感覚の処理を受け持っているようです。物を触覚のみで判断するとき、足や背中で触れるよりは、手指を使って触れたほうがずっと細かい形状を把握することができますが、これはホムンクルスの図が表しているように、脳内でたくさんの神経細胞が処理に関わっているからだと考えられます*22

それぞれの感覚野の間は?

一次視覚野や一次聴覚野のような、身体入力が入ってくる部分を感覚野といい、そうでない部分を連合野といいます。連合野は感覚野あるいは低次の連合野から入力を受けて、高次の処理を行ってさらに別の連合野への入力をしていると考えられています。

VIP野

Ventral IntraParietal Area は視覚野と一次感覚野の間あたりにあり、その両方から入力を受けていることから、物理的な位置と視覚情報の両方が必要な処理に関わっていると考えられています。
たとえば、飛んでくるボールをキャッチしようとしたときは、視覚情報からボールの軌道を推測して腕を伸ばす必要がありますが、現実世界が3次元なのに視覚情報は2次元のためほとんどの情報は失われています。そのために視覚情報から元の3次元の世界を復元することは理屈上不可能*23です。しかも、身体感覚は視覚とはまったく異質な入力ですから、この必要な情報が揃っていない上に入力の性質も異なるような情報を統合させる必要があります。VIP野周辺では、うまいこと視覚と体性感覚の両方を処理して、このような問題を解いている、と考えられています。

言語野

先日触れた、言語野の一部であるウェルニッケ野や角回は、聴覚野と視覚野と感覚野に囲まれたような位置にあります。これも、たまたまこの位置が空いていたから配置されたわけではなく、それぞれの感覚をすべて統合することによって実現されていると考えられます。

このように、感覚野は比較的入力がはっきりしていることからその機能も調べやすいのですが、特に高次の連合野になると様々な入力が処理されたものが複雑に絡み合ってくるわけです。そのため「こういった作業をすると活動が活発になる」という相関はわかっても、具体的に「◯◯が入力で、◯◯という処理をして、◯◯という出力をする」と言葉では言い表せないようなものになってきます。

さいごに

今回は、視覚・聴覚・体性感覚を中心に解説しました。既にお分かりの通り、視覚だけは他とくらべてかなり研究が進んでおり、今回はご紹介できなかった興味深いことが山のようにありますが、割愛させていただきました。他の感覚に関しても今後の発展が望まれます。

どの部位に関しても、似たような入力は脳内の似た場所で処理されているようです*24。一口に感覚といっても視覚、聴覚、皮膚感覚はまったくその性質が異なるように思われますが、このような共通する構造が見られるということは、このような位相関係を維持すること自体になにか重要な役割があるのかもしれません。このあたりについては、後日すこし触れることにします。

*1:赤・青・緑の色にそれぞれ反応する

*2:光の明暗に反応する

*3:さらにマイクロサッケード(micro saccade, 固視微動とも)というものもあり、マイクロサッケードはさらにドリフト、トレマ、フリックという3種類の動きに分類される

*4:マイクロサッケードあるいは固視微動は、ドリフト・トレマ・フリックをまとめて言うときと、フリックのことだけを指すときがあり用語に若干混乱がみられる

*5:サッケード、マイクロサッケードともにどういった機能があるのか、どのように実現されるのかについては謎が多い。サッケードの主要な目的は、解像度の中心窩でものを捉えることである。マイクロサッケードは網膜像を鮮明に保つために必要だと考えられているが、どれくらいノイズが寄与しているのか、ドリフト・トレマ・フリックそれぞれの機能についてはよくわかっていない

*6:図を見て「右脳には右視野の、左脳には左視野の情報が入るのでは?」と思ったかもしれない。目に入ってきた像は上下左右が反転していることに注意。

*7:上丘を介して高次視覚野に伸びる経路もわずかながら存在する

*8:盲点が発見されたのは1660年であることから、何百万年もの間、「目には見えていない部分がある」ということに誰も気づかなかったことになる

*9:Felleman, D. J. & Van Essen, V. C. (1991) Distributed hierarchical processing in primate visual cortex.

*10:ここでは「線」といっているが、実際は線というよりは波のほうがよく表せる。特にガボールフィルタでよく近似できることは古くから知られている

*11:Livingstone and Hubel, J. Neurosci. 4, 309-356, 1984

*12:ただし、実際にはこのような縦横方向へ整然と並んでいるわけではなく、どちらかというと渦巻き状に似たコラムが並んでいることがわかっている

*13:ただし受容野のサイズは次第に大きくなっていくことが知られている

*14:昔はV4で初めて色の処理を行うようになると思われていたが、今ではV1に存在するブロブという構造でも色を処理することがわかっており、従来考えられていたよりV1の段階でも比較的複雑な処理をしているとされる

*15:今ではより広範な処理に関わっているとされる。たとえば、把持機能(物をつかむ)との関係など。物をつかむときは対象の形状にあわせて手首を回転させたり手を開いたりしなければならないが、この処理に背側皮質視覚路が重要だという意見がある

*16:似た位置にある領域では似た周波数の音を処理していると書いたが、実は最近になって間違いかもしれないと指摘されています。研究では、ネズミの聴覚野を詳しく調べた結果、ある周波数を処理する部分は領野内にバラバラに存在しており、たとえば低い周波数を処理しているすぐ近くに高い周波数の音を処理している部分があったりする

*17:Bandyopadhyay et al. Dichotomy of functional organization in the mouse auditory cortex. Nature Neuroscience, 2010

*18:脊髄のどの位置を通るか、視床のどこに入力されるのかは体の部位と感覚(痛覚、温度感覚、etc.)によって変わる

*19:具体的に何をどう処理しているのかはあまりわかっていない

*20:AD Craig. Interoception: the sense of the physiological condition of the body. Curr. Opin. Neurobiol.: 2003, 13(4);500-5

*21:Wilder Graves Penfield (1891-1976) はカナダの脳外科医。てんかん治療の際に、脳を電気刺激すると様々な感覚を呼び起こせることを発見した

*22:これを見ると実に体性感覚野の半分程度は首から上の処理に割かれていることがわかる。異物を食べないようにすることや、話すことがヒトにとって非常に重要な役割を果たすからだろう

*23:このように、問題を解くのに必要な材料が足りないために正しい解が決定できないような問題を、不良設定問題という

*24:聴覚は既に脚注で触れたとおりちょっと怪しい

小脳

これは 人工知能アドベントカレンダー の6日目の記事です。

小脳は他の部位と違って、比較的わかっていることが多い部分です。今回はこの小脳について解説します。
小脳は霊長類はもちろん、魚類から哺乳類にいたるまで、種を超えて脊椎動物すべてに共通した構造をもっていることから、無くてはならない重要な器官であるとされます。

概略

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主な機能

小脳(cerebellum)の主要な機能は

  • なめらかな随意運動
  • 身体の平衡を保つ
  • 歩行

であり、1950年代にはすでに「小脳はなめらかな随意運動に必須」ということがわかっていました。たとえば、目の前にあるペンを取ろうとするとき、手をなめらかに移動してペンに到達させることができますが、小脳が障害されているとき*1はこの滑らかさが失われ、手の動きが早すぎたり遅すぎたりする状態を交互に繰り返すような動きになってしまいます*2

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小脳疾患患者の手の動き。上に書いてある線をトレースしようとしたのが下の図。滑らかさが失われ、ぎこちない動きになっていることがわかる*3

その後、非陳述記憶にも深く関わっていることがわかっており、運動だけでなく脳の様々な機能を担当しています。

構造

小脳も大脳同様、左右の半球に分かれています(小脳半球)。また、半球の間には小脳虫部(vermis)があります。
小脳虫部は身体の中心部、体幹を受け持っており、小脳半球は四肢の運動を受け持っています。そのため、小脳虫部が障害されると全身のバランスが崩れ、歩いたり立っていたりするのが難しくなります。右半球が障害されると右手や右足、左半球が障害されると左手や左足の動きに影響が出ることから、小脳内部では身体のどこを受け持つのかという担当がはっきりわかれていることがわかります。

そしてやはり大脳同様、小脳も小脳皮質という3つの層に覆われています。

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マウスの小脳。蛍光タンパク質によってプルキンエ細胞が発光している。横に並んでいる丸い細胞がプルキンエ細胞で、上に向かって根のように樹状突起が伸びている。画像中央で横方向に大量に走っている繊維がある場所は白質。*4

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小脳の概略図。細かい部分は省略してある。上3つの青字で示した、分子層、プルキンエ細胞層、顆粒細胞層が小脳皮質。

前述のようにこの構造はすべての脊椎動物に共通していることから、非常に重要かつかなり洗練されたものになっていると考えられます。
綺麗な3層構造をしていること、それぞれの細胞がどのように接続しているのかがわかっていること、様々な動物で共通の構造をしていること、などの理由から、小脳は大脳新皮質大脳基底核と比べると早い段階からその機能がわかっており、モデル化も進んでいる部分です。小脳のモデル化やシミュレーションについては、後日「小脳のモデル」で触れることにします。

*1:先天性のものもまれにあるが、脳卒中や脳腫瘍、外傷、アルコール中毒などが原因

*2:Flash, T., Hogan, N. 1985. The coordination of arm movements: an experimentally confirmed mathematical model. J. Neurosci., 5, 1688-1703.

*3:Figure 67of the book "Cerebellar functions" by André Thomas (Public Domain)

*4:The Gene Expression Nervous System Atlas (GENSAT) Project, NINDS Contract # N01NS02331 to The Rockefeller University (New York, NY). (Public Domain)

間脳・中脳と大脳基底核

これは 人工知能アドベントカレンダー の5日目の記事です。

脳は大脳、中脳、小脳からなっており、大脳はさらに終脳(大脳半球とも言う。脳の大部分を占める、しわで覆われた組織)と間脳から構成されます。

中脳

中脳(midbrain)は、間脳と橋(pons)の間にあり、被蓋、上久、下丘、赤核などから構成されています。ここは間脳より低次の反応を受け持っていて、いくつかの反射(急に眩しい光が当てられたときに目を瞑る、環境の明暗に応じて瞳孔を収縮させる、立っている状態で急に身体を押された時にバランスを取って倒れないようにするなど)や、歩行パターンのリズムを生み出したりする部分です。中脳については、本Advent Calendarではこれ以上は触れません*1

間脳

間脳(diencephalon) は、下位の中枢からの入力を終脳に転送する中継地になっています。

たとえば、視覚刺激は網膜から直接視覚野(17野)に届くわけではなく、間脳にある視床(thalamus)*2を経由してから視覚野に入力されます。これは他の感覚でも同じで、嗅覚を除くすべての感覚入力はいったん視床に入ってきます。

大脳基底核

大脳基底核(basal ganglia)は非常に重要な部位で、今後も度々登場するためにある程度詳細に説明します。
昔は大脳基底核の機能は運動の細かい制御だけだと考えられていたのですが、現在は運動調整はもちろん、感情、動機付け、学習などに重要な役割を果たしています。

その名前からも明らかなように、大脳基底核は大脳の一部であるので、本来は前回触れておくべきだったのですが、間脳との極めて密接な関わりから、今回一緒に紹介します。

構造

間脳や大脳基底核の構造は非常に複雑で、多数の神経核が複雑に接続されています。そこで脳の深部から順番に見ていきましょう。

脳梁・中脳

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大脳は2つに分かれており、右脳と左脳から構成されていることはみなさんご存知だと思います。ここでは、脳を半分に切って、右半分だけを表示しています。
脳の中央は、脳梁・中脳・橋・延髄などからなっています*3。脳梁(corpus callosum, CC)は右脳と左脳を相互に接続する約3億もの神経線維の束で、砕けた言い方をすれば右脳と左脳が情報をやり取りするためのケーブルです。そのため脳梁そのものがなにかの情報処理をしているわけではありませんが、ここではわかりやすさのために表示しています。

橋(きょう, pons) は、顔面神経や三叉神経などの神経核や、大脳からの出力を受け取って、小脳へ転送する役割を果たしています(この、「大脳の出力を小脳に転送する」という機能は実は極めて重要ですが、これは後日解説します)。

脳下垂体(のうかすいたい, pituitary gland, 単に下垂体とも言う)は、ホルモン分泌のための器官ですが、今回の汎用人工知能という話題との関わりは薄いので以降は詳しく触れません。

なぜまずこれらの器官をピックアップして紹介したのかというと、これらがちょうど脳の真ん中に位置しているからです。次から紹介する他の器官、たとえば視床や海馬や線条体は、すべて左右2つずつ存在します*4。脳は大脳皮質だけではなく、これらの器官も左右に別れて存在しているのです。

ですから、以降に紹介するものは、次第に外側、言い換えると左耳に近づくようにして配置されていきます。中脳や橋はこれらの器官に挟まれて存在しているともいえます。

間脳(視床)

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間脳は

で構成され、さらに視床下部

  • 松果体(pineal body)
  • 下垂体(pituitary gland)
  • 乳頭体(mammillary bodies)

から成っています*5

視床は始めにも説明しましたが、嗅覚を除くあらゆる感覚の中継地点です。さらにここでは上丘と下丘も示していますが、これらは本来中脳に属する器官で、視覚・聴覚情報を中継して小脳につながっています。

海馬体

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さらに視床を囲むようにして、乳頭体・脳弓・海馬体があります。

線条体大脳基底核

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大脳基底核は、おおきくわけると線条体扁桃体の2つから成り立っています*6
大脳基底核レンズ核という丸くなっている部分から、尾状核という尻尾のような部分が生えています。
さらにレンズ核被殻淡蒼球に分かれています*7
尾状核レンズ核視床をぐるっと囲むように弧を描いて、扁桃体と接続しています。

扁桃体は、同時に海馬の先端にも接続されているため、大脳基底核に含める場合と、大脳辺縁系に含める場合の両方があります。

側坐核

側坐核大脳基底核に含める場合と、大脳辺縁系に含める場合がありますが、ここは快感や中毒性などを処理しています。

Oldsらは、ラットがレバーを押すと側坐核を刺激する実験をしたところ、食事もとらずにひたすらレバーを押すという行動を発見しました*8
このことから、側坐核は「快楽中枢」とも呼ばれており、ここからなにかを欲するという動機付けが行われていると考えられています。

ただし、この実験では何かがほしいと思うこと(欲求)と、快感を得られること(快情動)が区別されていません。本来は、快情動が得られるからそれを欲するようになるわけで、両者は区別して考える必要があります。

つまり、なにか行動をする→快感が得られる→快感が得られるような行動が強化される→欲求が生まれる という順番があるはずです。このあたりのモデルに関しては、後日の大脳基底核の項目で詳しく述べることにして、ここでは「側坐核は快楽中枢である」ということに留めておきます。

扁桃体

扁桃体(amygdala, 扁桃核ともいう)は、大脳辺縁系に加える場合と大脳基底核に加える場合があるということはすでに述べましたが、ここは感情と記憶に関係していると考えられています。経験的にも、強い感情が伴うできごとはそれがたった1度であっても長い間記憶に残るということがおわかりになるかと思います。特に扁桃体は恐怖に関する活動が顕著で、アカゲザルを対象とした実験では、扁桃体が損傷すると恐怖を感じなくなることがわかっています(たとえば本能的に怖がるはずのヘビをつかんで口の中に入れるなど)*9*10

帯状回

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帯状回(cingulum) は、脳梁付近に存在する脳回で、大脳辺縁系と大脳新皮質を接続する役割を果たしています。

大脳基底核の機能

既に述べたように、大脳基底核は昔は運動の制御に関わっていると考えられていましたが、今では動機付けや学習に非常に深く関わっていることがわかっています。
詳しくは、後日の「大脳基底核のモデル」で触れることにしますが、簡単にいえば大脳基底核は「自分にとって得がありそうなことをし、損しそうなことは避ける」という生きる上で非常に重要な役割をしていると考えられています。そのために、大脳基底核大脳基底核の各部位同士はもちろん、高度な推測に必要な大脳新皮質と、身体感覚の入出力の中継地である視床と密接に接続されています。

大脳基底核の回路

身体情報はまず視床に入ってきますが、そのあとは、視床大脳新皮質大脳基底核と信号が伝達され、最後にまた視床に戻ってくるというループを形成しています*11

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脳の冠状断面

上記が視床大脳新皮質大脳基底核、大脳辺縁系における主要な回路です*12
これは冠状断面(coronal section)といって、脳を前と後に分割するように切断したときの断面を表示しています。言い換えると、両肩を通るような切断面で脳を切ったときの断面です。図の右側が左手側、図の左側が右手側、図の奥方向が後ろ(背側)で、手前が前(腹側)です。

代表的な経路として、直接路があります。これは、視床→大脳皮質→線条体淡蒼球内節/黒質網様部→視床の経路です。

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直接路

ハイパー直接路というものもあります。こちらは線条体を経由せずに大脳皮質から視床下核淡蒼球内節/黒質網様部→視床という経路をとっています。
また、線条体から淡蒼球外節に繋がっている経路は間接路と呼びます。

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ハイパー直接路

直接路は興奮性、間接路は抑制性の経路であり、この2つがうまくバランスをとることによってなめらかな随意運動(自分で動かそうと思って行う運動)を実現していると考えられており、このバランスが崩れた状態が、パーキンソン病ハンチントン病です。

このように、一度視床に入ってきた情報は、その一部は脳幹からまた外に出て行く(つまり、体を動かすための信号)ものの、ほとんどは大脳皮質と大脳基底核を経由してまた戻ってくることがわかります。より局所的に見ると、それぞれのループは役割が異なるようで、体を動かすための運動ループ(motor loop)や、前頭前野ループ(prefrontal loop)、辺縁ループ(limbic loop)などがあり、それぞれ視床の違うところがから出発し、違うところに戻ってきているということがわかっています*13。単にループしているだけでなく、いくつかの処理が並行して走っているようです。

コンピュータのトランジスタと異なり、神経細胞の反応は非常に遅いので、こういった並行処理は脳のいたるところで見受けられます。

これらの回路がどういった役割を果たしているのか、どのような仕組みなのかについては、また後日触れることにします。

*1:中脳の解説をするには余白が少なすぎるし、原始的な機能を担当している性質上、人工合成知能を作るという点では関わりが少ないため

*2:正確には、視床にある外側膝状体(lateral geniculate nucleus, LGN)に投射される

*3:小脳も見えるが、ここでは触れない

*4:中脳内部にある、たとえば赤核黒質などもやはり左右2対になっている

*5:視床視床下部のみをもって間脳を指すこともある

*6:ただし、扁桃体大脳基底核ではなく大脳辺縁系に含めることもある

*7:図ではわかりにくいが、被殻レンズ核の外側、淡蒼球レンズ核の内側の領域を指す

*8:Olds J, Milner P (1954). "Positive reinforcement produced by electrical stimulation of septal area and other regions of rat brain". J Comp Physiol Psychol 47 (6): 419–27.

*9:さらに、食べられる物とそうでない物の区別がつかなくなる、なんでも口へ運ぼうとする、他の種や無機物に対しても性の対象にするといった行動も見られ、これはクリューバー・ビューシー症候群(Klüver-Bucy syndrome)と呼ばれる。クリューバーとビューシーの論文では「精神的失明(psychic blindness)」と書かれている

*10:Klüver H, Bucy PC. Psychic blindness and other symptoms following bilateral temporal lobectomy in Rhesus monkeys. Am J Physiol 1937;119:352‑3.

*11:Alexander GE, Crutcher MD. Functional architecture of basal ganglia circuits: neural substrates of parallel processing. Trends Neurosci 1990; 13: 266-271.

*12:本当はもっと複雑だが、思い切って簡略化して表示していることに注意

*13:Alexander GE, et al. Parallel organization of functionally segregated circuits linking basal ganglia and cortex. Annu Rev Neurosci 1986, 9: 357-381.